いろんな人が蔵之助をやり、いろんな人が吉良をやった。クレヨンしんちゃんもやったなぁ。たけしもやったし。
昔歌舞伎の「仮手本忠臣蔵」を「仮ならば本編はどこに」勘違いをしたことありますな。
討ち入りの日で思い出すのがうちの母親。
その年の夏から、患っていた間質性肺炎から血行障害で膠原病を発症し(高原病とこれも勘違いして、山に連れて行けば治るものと思っていたりして)、左手の人差し指と薬指の先、中指の真ん中、右手の人差し指の先を切断せざるを得なくなったのですが、なかなか病室が開かず、ようやく入院して手術したのがこの日。「俺が吉良になった心境だった」とよく言っていました。
その後傷口がMRSAに感染し隔離されたのですがこれも満床で、寝たきりの男性と相部屋に。何が悲しくてカーテン一枚隔てた部屋で見知らぬ男と枕ならぺなーあかんのかと。
この男性がまーやかましい。
とにかく傷口なんかが痛いらしく、「いてーなーコノヤロー!看護師コイやぁ!」と、高田延彦かと思うような叫び声を昼夜問わず放ち、面会に来た我々には「あともう帰れ!」と。たまに来る奥さんがただただ恐縮して謝り、砂糖とか置いて行ったりと。
ようやく感染症が収まり、年末帰宅前に父親が指の処置の効き方を聞いたのに、結局日中どうしても黙っていない母だったので水仕事をしてガーゼを濡らしては、おいらがよく処置していました。今でもあのやり方は覚えてますな。
その3年後に雪の中倒れてなくなってから18年。早いなぁ。
さて、明日は来週に迫った父親の四十九日法要準備やらでちゃめと帰宅。
毎週帰っていたころには薄れていてた、帰宅できる喜びを味わいたいが、寒いなぁ。