夜だるま昆布長の、カウントギリギリ!(;゚д゚)(つд⊂)

Yahoo!ブログより移籍いたしました、夜だるま昆布長と申します。自身障がい者で、施設に通所しながら、日々アビリンピックの練習や、個人新聞を製作しています。Officeむいんぐ代表。林家木久扇名付け人です。山形県鶴岡市。

珠江ばあちゃんと赤いバス

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まいど訪問していただきまして、「イイネ」を多数頂戴いたしました。ありがとうございました。

 本日は整形外科定期通院。節電を釈迦りきになってしている病院なので、待合室が暑い暑い。廊下は蛍光灯が間引きしているためくらい。ま、診察室やぴょうとしうは涼しいらしく、冷え症な看護師は白衣の上から白の「割烹着」みたいなのをきいていますが、なんか色気がねぇなぁ。
 昔はこの病院が一番新しかったのですが、近年は市立病院が立て替えたので(それでもなんかあちこち欠陥が)かなり水簿らしい感じに。まして系列のクリニックやらリハビリセンターが新しいため、本丸である病院がなおのこと。

 そんな外来に今年も、隣にあるデイケアのみなさま手作りの七夕飾りが。あ、写真忘れた。(;´Д`A ```

 そんなこんなで、中にいれば売店であれやこれや買いたくなるし、暑いしで、外で迎えを待っていると、定期的に来る赤で広告ラッピングが張られている巡回バスが。
 「あー、珠江ばあちゃんが(仮名)いまにも降りてくるか、のっていきそうだなぁ。ことしが初盆だなぁ」と、眺めていました。

 珠江ばあちゃんは昭和16年に嫁に来たと何回か聞きましたが、とてもお元気で、80歳を超えたとは思えぬぐらい、ある時はえいが「キル・ビル」のようなまっ黄色の上下のジャージを着こなし、ほんと毎日病院にこの定期巡回バスを利用して診察やリハビリ・低周波治療に聞いていました。
 われわれ親子が二階に上がれないというと、すたすたと上がってものを取ってきていただいたり、まー言い方は失礼ですが、「われわれがくたばっても、しなねぇのでは」と思うぐらいでした。

 しかし去年の今頃から体調を崩し、主治医からも強く入院を勧められましたが、「お盆(わが地域は七月)を終わるまではできない」と拒否し続けました。
 というのも、愛してやまなかった夫に先立たれ、次男は重い障害の闘病の末なくしており、どうしてもお盆や彼岸は重要でした。
 しかし手足は極端にむくみ、あんなに元気に上っていた我が家の階段も登れなくなり、とうとう近所の仲の良いばあちゃんの家でぐったりしたため、そのばあちゃんに説得されて、おいらよりも早く同じ病院のしたの階に入院した時は末期の腎不全で、週三回の透析に。
 その入院中に今度は脳梗塞を起こし、おいらが入院中にあったときは見た目は普通でしたが、まったく覇気がありませんでした。

 正月明けに亡くなり、ことしが初盆です。
 あんなに外来で、お互い声が大きいので、周りを気にすることなくわーわー騒いでいた珠江ばあちゃん。「11時のバスで帰るんだ」と、いつも言っていましたな。
 お、ちょうどその時間のバスが。・・・