夜だるま昆布長の、カウントギリギリ!(;゚д゚)(つд⊂)

Yahoo!ブログより移籍いたしました、夜だるま昆布長と申します。自身障がい者で、施設に通所しながら、日々アビリンピックの練習や、個人新聞を製作しています。Officeむいんぐ代表。林家木久扇名付け人です。山形県鶴岡市。

夜だるまつぶやき

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東日本大震災直後、「啓開」という耳慣れない言葉がよく使われた。これは、応急復旧に先立ち、緊急に救援ルートを確保すること。国土交通省は道路の啓開を「くしの歯作戦」と名付け、地震発生から4日間で15の救援ルートを確保した。

東北地方の沿岸部を通る国道45号が津波で寸断され、多くの地区が孤立した。それらの地区への救援ルートをいち早く確保するのが、道路の啓開の目的だ。

 内陸側には国道4号が通り、沿岸部の市街地との間をいくつもの道路が東西に結んでいる。啓開では、この東西に延びる道路を「くしの歯」に見立て、内陸部から沿岸部に到達するルートの確保を目指した。

 国土交通省東北地方整備局の本局でくしの歯作戦を担当したのが、道路部の林崎吉克道路調査官だ。「揺れが長かったので、直感的に『これは宮城県沖地震だ』と思った」と林崎調査官は振り返る。

 災害対応の担当者らは即座に、庁舎内の災害対策室に集まった。この部屋には前面に多数のモニターが設置され、各地の様子を映し出せるようになっている。地震発生の37分後には東北地整の防災ヘリが仙台空港を飛び立ち、津波の被害を受けた沿岸部の様子をリアルタイムで伝えた。

 だが、津波の映像とは裏腹に、現場からはそれほど大きな被災情報が入ってこなかった。「最初は、あまり被害がなかったのかなと感じた」(林崎調査官)。

 大災害の際、最初に入ってくる情報は、意外と小さな被害ばかりであることが多い。本当に甚大な被害を受けた地域には立ち入れず、被災状況の把握に時間がかかるからだ。

手分けして浸水エリアを通行止めに


 具体的な状況は分からないものの、ヘリから送られてくる空撮などを見る限り、尋常ではない被害が出ていることは間違いなかった。
 東北地整では、応急復旧よりもまずは啓開が先決だと判断。国道4号から国道45号へ至るルートを割り出し、重点的に作業する箇所を絞り込んだ。
 一方、沿岸部の地域では地震当日、道路のパトロールとともに、一部を通行止めにする作業などに追われていた。岩手県宮古市にある東北地整三陸国道事務所宮古維持出張所では地震直後、2班に分かれて管内のパトロールに出発。その数分後、大津波警報が発令された。
 大津波警報の発令時には、浸水エリアに人が立ち入らないように、管内道路の16カ所を通行止めにすると決められている。東北地整と災害協定を結んでいる地元の建設会社の間で、通行止めの担当箇所を事前に分担していた。

地震発生から間もなくして、電話が全く通じなくなった。それでも当日、地元建設会社の社員が出張所に駆けつけた。
 「国交省とは電話がつながらなかったが、大津波警報の発令時には連絡がなくても通行止めにすることになっていたので、すぐに対応した。通行止めが一段落し、次の段取りがあるはずだと思って出張所に向かった」と、刈屋建設(岩手県宮古市)工事部の上野裕矢氏は話す。
 翌日から啓開作業に入った。宮古市内でまず着手したのが、盛岡市につながる国道106号と沿岸部の国道45号との間を車両が通れるようにすることだった。例えば、宮古市街から15kmほど北には、津波で壊滅的な被害を受けた田老地区がある。国道45号に入るルートを確保できないと、自衛隊の車両などがこういった被災地に向かえない。
 国道106号と国道45号の接続部に位置する宮古市役所の前では、津波で流された大きな船が道路をふさいでいた。そこで、市役所の敷地内を車が通り抜けられるようにして、国道45号に入るルートを確保した。
 啓開は復旧工事と違い、特に丁寧に作業する必要はないはずだ。ところが現場では、がれきの中に人が埋まっている可能性があった。「スピードを優先して荒っぽく作業を進められる状況ではなかった」(宮古維持出張所の鈴木之出張所長)。
 人が埋まっていそうな所は、手作業で丁寧に作業をしなくてはならない。遺体が見つかった場合には警察に来てもらい、死亡を確認してから遺体を運び出す必要があった。「虚脱感というか、何とも言えないむなしさを感じた」と刈屋建設の上野氏は言う。
 現場には、津波で行方不明になった人の家族も来ていた。現場に重機が入ることに抵抗感を抱く人も少なくない。「被災地救援のためにはどうしてもここを通す必要があるのだと、説得しながら進めなくてはならなかった」

地震の4日後には、「くしの歯」に設定した16ルートのうち、原子力発電所の事故の影響で作業できなくなった国道288号を除く15ルートが通行可能になった。さらに国道45号の啓開も進め、3月18日には仙台市青森県境間の97%が通行可能になった。東北地整は同日、くしの歯作戦の終了を発表した。
 これだけの短期間で啓開が完了した理由として、林崎調査官は地元建設会社の協力を挙げる。
 通常の復旧工事ならば、大手の建設会社が被災地に入って作業することもできるだろう。しかし、被災地に入るルートが確保される前の段階では、地域外の会社では対応できない。地域に拠点を持つ地元建設会社が、災害対応で重要な役割を果たすことが改めて明らかになった。

(日経コンストラクション2011年5月23日号の記事をもとに構成しました。文中の肩書や年令、データは原則として掲載時のものです)