夜だるま昆布長の、カウントギリギリ!(;゚д゚)(つд⊂)

Yahoo!ブログより移籍いたしました、夜だるま昆布長と申します。自身障がい者で、施設に通所しながら、日々アビリンピックの練習や、個人新聞を製作しています。Officeむいんぐ代表。林家木久扇名付け人です。山形県鶴岡市。

試合よりも、古舘さんの実況を追いかけた青春

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 さっきもかきましたが、むかしから「ランバダ」は、「ソーラン節っぽい、べんぴはかんぺきだぁあああ~♪」と聞える、夜だるまです。タモリ倶楽部でも「ソーラン節っぽい」というネタを、空耳アワーでやっていたなぁ。

 古舘さんが始動し始めましたね。もうね、予想通り「あの報道ステーションをやっていた12年間はもったいなかった。劣化している」と感じた。
 でも安住アナとほぼ同年代のおいらも、古舘さんを追いかけていた。だからあの年代以降しばらく出てきたアナウンサーは亜流が多く、ワールドプロレスリングでも、あの辻よしなりでさえスタイルを悩んだらしい。
 もっともワールドプロレスリングでは、アンチ古舘派もいて、「解説者の話を聞いていない」とかあって、タイガーマスクの試合をよく実況していた保坂正紀アナとか、のちにル・マン実況の三浦アナとかにも人気があった気もした。(朝岡聡もやっていたのよ)

 おいらは小学一年から中学卒業まで、入院して治療しながら、隣の養護学校に通っていた。だから消灯時間は絶対だったが、テレビ音声の入るラジカセで、プロレスを録音していたなぁ。90分テープだから45分なんで、コマーシャルのたびに一時停止して。繰り返し取っていたので、今でもたった一本、「高田Vs.越中」だけ残っている。

 もうね、アナウンサーなりたくて高校は無理でも、中学3年間は放送委員になると決めたものの、クラスの反対にあって2年生はおとなしく図書委員しながら屈辱をなめていたなぁ。

 花形は運動会で、単に司会と競技の簡単な実況なんですが、やけにハイテンションになっちゃって、
 「穏やかに晴れ渡る、まさに秋晴れと呼ぶにふさわしい運動会日和となりましたここ●●養護学校グラウンド。15000人には遠く及ばないものの、たくさんのご父兄の皆さんでごった返しているわけであります。思えば昨年、最後のリレーにてまさかのアンカー転倒によって涙をのんだ白組が、雪辱なるのでありましょうか。それとも、返り討ちにせよとばかりに燃える闘魂、紅組に凱歌が上がるのでありましょうか。間もなく両陣営入場であります!」
なんてやらかして、脇にいた校長は感心していたが、顧問からあとで「やりすぎ」と怒られましたが。

 安住アナとコンビの番組とか見たいなぁ。