何やらヤフーのブログに不具合とかで、おいらの投稿もならなかったり、なっても二つ、三つと重なったり。
大量のブロガーと書いたりして大変な一方で、
大量のブロガーと書いたりして大変な一方で、
ヤフーのサイト側がいじりすぎ!!
しっかり管理しなされや。 写真はおととしいった山形放送から。懐かしいカメラが。このカメラと同機種(アイモ)がむかし相撲協会映画部(現・広報部に合併)にあり、当時伊勢寅蔵さんというかたが撮影から編集まで一人でやっていたとか。
ぜんまいひと巻30秒。相撲が長引くとどこで「切る」かが腕の見せ所。
この方頑固で、機嫌が悪いと編集室にこもり、テレビ朝日「大相撲ダイジェスト」のスタッフがなだめすかしてもがんとして貸さないということもしばしばだったとか。
伊勢さんが急に亡くなって2場所ほど撮影する方がおらず(後継者を育てなかった)、のちに映画用16フィートフイルムで再開したらしい。
その後このアイモは、その後社長である奥様が高齢なうえ、会社「日本相撲協会映画部」解散を機に協会に寄贈。修理して試し撮影が当時横綱曙の土俵入りだったのを記憶したりする。
ぜんまいひと巻30秒。相撲が長引くとどこで「切る」かが腕の見せ所。
この方頑固で、機嫌が悪いと編集室にこもり、テレビ朝日「大相撲ダイジェスト」のスタッフがなだめすかしてもがんとして貸さないということもしばしばだったとか。
伊勢さんが急に亡くなって2場所ほど撮影する方がおらず(後継者を育てなかった)、のちに映画用16フィートフイルムで再開したらしい。
その後このアイモは、その後社長である奥様が高齢なうえ、会社「日本相撲協会映画部」解散を機に協会に寄贈。修理して試し撮影が当時横綱曙の土俵入りだったのを記憶したりする。
インタビューにもあったが、「レコードを置いて針を置く。a面、b面にひっくり返す時に、音楽を聴いている気がする」とかありましたね。
おいらはちょうどCDへの転換期に放送部にいたので、10分間という番組で朝と昼に校内放送をやっていて、朝はレコードをかけていた。
カラヤンの「朝の市場」だったかが好きで、ある日回転数を間違えてかけたら新鮮で、いこうわざと回転数を上げてかけていたり。針を落とす(とは今は言わないだろうなぁ)
カラヤンの「朝の市場」だったかが好きで、ある日回転数を間違えてかけたら新鮮で、いこうわざと回転数を上げてかけていたり。針を落とす(とは今は言わないだろうなぁ)
けがをしてちゃめのいる施設に半年間いたときは、消灯前に30秒のレコードをかけに診療施設側の放送室に行って帰ってきたら、病棟と区切りの入口が占められて帰れなくなったり、お昼休みは幼稚園組が当時多かったため、「アニメ大行進」の古い奴が定番だった。